TRILL CAT MOVIE

2010年7月1日木曜日

GLOW IN PEACE@DOMMUNE 2010.7.1




先日亡くなったRAMM:ELL:ZEEさんの追悼番組をDOMMUNEで放送してました。

司会は千葉さん、そしてMC BOOさん、ZEN-LA-ROCK、コンピュー魔さん、下川さん、ILL-CENTRIKを企画したワサップスキこと気仙さん。





ILL-CENTRIKリリーズの来日時(東京に居たが行かなかった事を後悔)の東京・大阪の公演の話や86年4月号の雑誌「イラストレーション」(知らなかった)や「Warp」や「Relax」の特集(コレは持ってる!)の紹介、

そしてRAMMELLZEEの一家はビル爆破などの仕事をしている一家で数学的な話が多かったと。

貴重なGothicFuturizmの映像(初めて見た)も流れていました。

「Relax」にも掲載されてましたが(形が違うと思いますが)そのA〜Zをスクピクで纏めました。。

角度違うのあります。すみません。。

で多分、RelaxにあったLetterRacerは

コレ


そして下川さんの珍しいRAMMELLZEEの音源などもかかってから

エガルジーこと荏開津さんやSKA FLAMESの大川さんの登場でTALK

大川さんとRAMMELLZEEが暴れん坊将軍を観ながら関西弁と英語であーだこーだ言ってたっていうのが面白かった。

荏開津さんの「もうBEAT BOPの話したら殺すぞ!」と言われた発言なども。

でそんな話も混ぜつつRAMMELLZEEのARTFORMの真面目な話へ。

RAMMELLZEEと言うよりGRAFITTI史について。

以下は荏開津さんの話が貴重過ぎてメモ替わりに極々1部を書いた。





・RAMMELLZEE say「あいつらが勝手にGRAFITTIという名前で片付けた」と。

・RAMMELLZEE say「俺たちは落書きアーティストにされた」

・壁から電車へ飛び出たARTがミュージアムに。

・VANDALIZMについて。

・「watching My Name Go By」の紹介

Watchin my name go by

・80年に色んなARTISTが「GRAFITTIは新しいARTFORMだ!」と言い出した頃の話。

・80年代は世界的には(日本にはかな?)キースへリングやバスキアが大々的にフューチャされてたけど色んな人が同じPOWRで動いていたと改めて確信しました。

・ZEDZやDELTAとの建築プロジェクトの話が出た話などもあったと。

日本でも確かNEIMさんがベッドとして自分のLETTERの立体を出してましたね。

・「GRAFITTIを建築にして街に戻そう」

・メディアーキュテクチャー

・クリス バーデンが個人で自分のPR用に放送権を買い取った話。

・気仙さんの「本人がBEAT BOPが何故嫌なのか」という話。

・73年にNYのアートフェス横にSouthBronx中を走ったグラフィティで埋め尽くされたトラックを停めてバラバラに解体して販売した。

・バンクシー:「ONE NATION UNDER CCTV」

・Relax誌の取材の頃、2001年はこの表紙以外にも40枚ほど作品がある

・Relaxの表紙の絵をブラックライトに当てて違うように表したのが同誌のコンテンツP

・最後に2006年のLIVEの映像が流れた。

・なんとVJは何故か大塚愛のLIVE映像を使った!

・この時、六本木の雛寿司にてRAMMELLZEEが食べた寿司が鯵・コハダなど「ひかりもの」だった!


●以下、色々LINK

どなたかがこの番組のTWEETまとめをあげてました。

21:00くらいまで

22:00くらいまで


junhrsmという方(知り合いではないですがURL拾いました。すみません。)の

2006年のLIVE時の写真


97年4月のWIRE誌のインタビュー


GOTHIC FUTURIZM


以上、メモ程度に走り書きしたので大事な部分が抜けてる気がしますがメモとして。


やっぱREAL TIMEに「ソレ」を体験しないと本質はわからないと思った。

後から知っても「ソレ」に「伝説」や「栄光」などのフィルターが通ってるから何かしらの「モノ」が乗っかってると思う。

そんな「思い」も興味ない人には今回、3時間くらいの間で何万もの言葉で表した事が「たった一言」で済まされるのもまた面白い所。


前にも書いたけど何でも今はカテゴライズしてるけど最初はそんなものなかったわけで誰もその先なんてわからずにただ「POWER」で作られたんだなと今回も実感。

過去〜現在〜未来は動いていますからね。TPボンが悪者を止めてくれているはず!



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